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赤線や訂正だらけだってOK。

2016/08/29 13:42
いやいやいや・・・
目まぐるしい土・日でした。
その中で、頑張りました!自分なりに!!
ってことで昨夜は飲んで飲んで・・・
飲んで〜飲んで〜飲まれて〜〜・・・今朝は寝坊。

たくさんのご縁をいただいて
色々な優しさをいただいて幸せ。

最近、改めて強く強く思うのは
幾つになっても学ぶことはあるのだな、ってこと。
この学びには参考書も教科書もない。
自分が自分の教科書を作っているのだから。
それも、改訂に改訂を重ねているから赤線だらけ。
教えてくれる先生は
自身が経験したことや他人様だったり。
だから教わることは無限大に近い。
学ぶことが終わらないわけはここにある。
教科書を作るのを止めてしまう可哀想な方々もいるけれど。

この教科書は
あの世に持って帰えることのできる唯一のもの。
だったら赤線や訂正が多くたって
自分がで「コレだ!」って思えるものを持って帰りたいよね。
だって自分自身なんだから、この教科書は。
心の成長記録なのだから。
訂正・改訂大いに結構!
ときどき痛いこともあるけれど、癒す方法も書いてある。
嬉しいことや楽しいことの創りかたも書いてある。
まだまだ創り途中だけど、最後のページは決まってるんだ。

  幸せ。ありがとう。

この文字で完結して完成するのよ。
そう思うと何だかワクワクしてくるね。うふふ。


『人生の道標になる座右の銘』 より

  「なりたかった自分」になるのに、
  遅すぎることなど決してないのだ。
 ジョージ・エリオット(作家)
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癒すはずが、激をいただき。

2016/08/22 15:10
この辺りはかすっただけだったね、台風。
影響をまともに受けてしまう方々、お気を付けくださいね。

土曜日にお友達が訪ねてきた。
傷心を癒すために。
飲みながら大いに泣かしてしまえと思った。のだが・・・
音楽を聴いたり美味しいお食事をしたり
彼女自身が自分の言葉をかみしめて話すうちに
すっかりと癒されたようで。
わたしの出番は全くなく。
次の日に神社に行ってお参りしながらハイキングコースに入り
ふらふら・はぁはぁと歩く私に
「あっこさん、ふぁいとー!」と激を飛ばしてくださいまして・・・
わたしが癒されてどーする?

まあ、元気に帰って行ったんでようござった。

泣きたいときは泣けばいいし
怒りたちときは怒ればいい。
泣きっぱなしでも怒りっぱなしでも良いならいいけども
それってどうよ?
いつまでも負の感情の囚われ人。
だから
じゃあ、わたしはなぜ泣くの?なぜ怒っているの?
と、自身に問いかけてみる。
そうするとね、悲しみの素も怒りの素も
自分の中にあることが分かっちゃうんだよな。
関係する物事や人はキッカケになっただけ。
お友達はそこがちゃんと分かったから
「癒し」というご褒美をいただいたわけで。
囚われていれば、何かを失うという実を刈り取るのだろう。
因果応報。
自身で刈り取る。報酬として受け取るようになっている。
忘れちゃならん。


ハイキングコースからお社の屋根とコースに行き来する階段・・・
ここですでに息切れ(笑)
お昼のランチ「かぼちゃのニョッキ」。
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境界線にも許容範囲。

2016/08/14 10:56
リオオリンピック、毎日熱い声援を送り
選手たちの熱い戦いや思いが伝わってきています。
窓の外からは暑苦しいセミの声が届いています。
熱いと暑い・・・目に見えない熱さに物質的な暑さの違いですね。

そんな中、伝わってきました。
SMAP年内解散のニュースが。
何となくだけど、きっとそうなるであろうと思っていた。
けど、実際文字で目にするとえ〜!って驚く自分。
メンバーそれぞれのコメントからも温度差って見える。

それぞれが自分に正直になった結果なんだろう。
一緒にいても楽しくない、気持ち良くない。
お給料をいただくから、生きていく上で必要なお仕事だから我慢する。
ってのは世間的にもいっぱいある。
自分もそういうことあったし。適職ってやつですね。
今の自分は、お金にはならないけど楽しいし、続けたいと思うから
細々とマイペースでやっている。
天職ってこと。趣味に近いね。有り難いことです、はい。

彼等の場合は
適職と天職がごちゃ混ぜになっていたと思う。
プライベートを知らないし画面を通してのお付き合いだからさ
本当のところは全くわかんないけども
適職と天職の境界線が上手に引けていなかったのかなと。
5人が同じ境界線だったら解散はなかったと思う。
でもね、コメントの温度差が境界線バラバラだって言っている。
願い・思いといった見えないものへの境界線と
放映・発言といった物質的な部分での境界線がそれぞれだったって。

境界線だって個々だし合致するって稀だと思う。
でも、許容範囲ってあるんだよね。境界線にもさ。
「許す・許さない」とか「好き・嫌い」じゃなく
「受け入れられるか」だな。と思う。
人間関係という円が無数あって、それが重なり合う部分が許容範囲。
(算数でよくやったアレな。)
重なり合う部分が太いのか細いのか。
離れちゃえば無関心。少しでも重なっているってことは関心があるってこと。
関心が愛なら太くなり強くなる。
関心が執着なら細くなり行く行くは離れる。

目にしたり耳にしたことは決して「対岸の火事」ではない。
何かしらのメッセージがある。
学びとしてのメッセージがある。
SMAP・・・熱湯と冷水が混じって良い塩梅になったら良かったのにね。
我慢できないぬるさになっちゃったんだね。

江原氏のカレンダーから。

 人生にはときに躓くことがあります。つらく苦しいこともあります。
 しかし、そのとき天から大切なギフトを与えられるのです。
 それが・・・静寂です。 
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夢から今の自分を知る。

2016/08/07 10:18
今日も明日も猛暑を通り越して酷暑ですって!
何だか凄いことになってるじゃん!!
うう・・・ベランダからの照り返しも去年より強いような。

夢を見た。
自分の車(実物より内装は違うけど)を運転している。
結構遠くまで出かけていたらしく荷物も多いし、でも快適に。
で、帰り道。
海沿いの道がカーブに差し掛かりハンドルを切ったんだけど
間に合わずガードレール突き破り海に落ちた。
衝撃もなく静かで、自然の多い場所での落下だった。
海に落ちて・・・すでに自分は海に浮いている。いつのまに・・・。
見える景色はどこかの港。なぜ???って感じ。
(そのあともまあ色々と続くわけですがすでにおぼろ)

気になるキーワードをエドガーケイシーの夢本より。
 運転〜自分の車のハンドルを握るということは
      自分の責任で人生を生きることと同義です。(抜粋)

 落ちる〜問題や心配事に立ち向かえないと思っていること。
      行動を起こす前に
       まず問題や心配事を冷静に眺めてみましょう。(抜粋)

 海 〜生命の宿るところ。創造性を生み出すエネルギーの源。
      (中略)
     海の無意識から本来の才能を引き出す人にとっては、
     自己探求の入り口が海岸や港になります。(後略)

 荷物〜自分の計画や自己証明。
      人生に必要だと自分が思っているもの。
      あるいは、重荷を背負いながら生きること。(後略)

 ふ〜〜ん・・・
簡単に言えば
『自分の人生を自己責任において生きているけど一回止まってみよう。
余分なものを背負っていないか、心配事は何なのか、
自身の創造性が活かされていない感じがするよん』って感じかな。
背負っているものは遊び道具に変える。
心配事や悩みは笑顔になれるように見方を変える。
創造性は遊び心。
これ、幾つになっても持っていたいものです。

金色の鳥の本 石井ゆかり著 より

  居場所は、幼い頃は「与えられるもの」です。
  大人になると、これが
  「獲得するもの」「構築するもの」「守るべきもの」
  へと、変わっていきます。
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